昭和52年03月29日 朝の御理解
御理解 第66節
「人間は勝手なものである。いかなる知者も徳者も、生まれる時には日柄も何も言わずに出てきておりながら、途中ばかり日柄が良いの悪いのと言うて、死ぬる時には日柄も何も言わずに駆けっていぬる。」
真の信心を分からない氏子に対する、ちょっとした皮肉のような感じですね。「もう人間ばかりは、何も分からん事とは言いながら、それこそ神ながらに生まれてきておりながら、途中ばかり日柄の方位のと言うて、広い世界を狭くしてしもうて、そしてまた死ぬる時は日柄も方位も言わずに、駆けっていぬる。」と言うのですからちょっと皮肉ですね。信心のない者に。いやぁ真の信心のない者に対する、まぁ皮肉なよう感じです。そこでうんなら信心を頂いておるから、これにその該当するかというとそうではない。
信心を頂いておっても、やっぱり同じようなことを、信心のある者も、ない者も同じようないうなら、わがまま勝手ないうなら生き方をして、ただ自分の都合の悪い時だけ「神様、仏様」と言うて手を合わしたり、拝んだり頼んだりする。なら金光様のご信心を頂いておっても、そりゃぁ途中はいうならば、人間心いっぱいで過ごすというならば、ああやっぱり同じこと。神ながらに出てきたのだから、神ながらに生きる術を教えて下さるのが信心。そして神ながらにまた、お国替えのおかげを頂いていく。
その神ながらな道を、私は教祖は教えておられると思うんです。そこでその神ながらな道というのは、なぜ神ながらな道かというと、教祖様が信心をこう見極めておられますたいね。御神訓に「神信心なき人は、親に孝のなきも人の道を知らぬも同じことぞや。」と仰とられます。だからお道の信心をさせて頂くならなばね、親に孝のなきも同じことでは、親に孝行するとかね、喜んでもらう生き方とか、ご先祖を大事にする生き方とか、もっと大きく言うと。
「天地の親神さまの、お心をお心とした生き方をする」ということなんです。でなかったらここの例えば、あの「人間は勝手なもので」という信心になってしまうわけです。神ながらに出てきておって、そして勝手な自分の都合の良いことだけは、頼んだり願ったりする。それを信心だとこう思っておる。信心がないなら、なおさらのことでしょうけれども、信心があってもそういう勝手な信心では。今日はここの神ながらに出てきたんですから、神ながらな生き方をさせてもらう。
そこから神ながらな、またお国替えのおかげと言う事になるです。その神ながらな生き方の芯をなすものはお道の信心で、教祖はどう仰っておられるかというと「神信心のなき人は親に孝のなきも、人の道を知らぬのも同じだ。」と仰っておられる。そこで第一親の恩が分からにゃぁいけん、ご先祖の御恩が分からにゃぁいけん、所謂天地金乃神様の大恩が分からなければいけん。その大恩に報い奉る生き方「そういう生き方が人の道だ」というふうに、教祖は仰っておられるわけです。神恩報謝の生活させてもらう。
その事が「人のその報謝の生活をさせてもらうと言う事が、人の道だぞ。」と。だからそういう神ながらな道というのは、親孝行の道であり、人の道であると言う事なんです。それを外したらだから金光様の信心を頂いておっても、途中をいうならばいい加減に人間心というか、人情というか我情我欲というか、その我情我欲いっぱいで過ごす一生と言う事になるのです。それではやはりお国替えも、また神ながらと言う事にはならない。神ながらに出てきて、神ながらな生き方をさせてもらう。その神ながらな生き方を、教祖は教えられるわけです。
昨日まぁ私は間接的に、まぁ聞かせて貰ったのですけれども、椛目の池尻ん所の勝美さんが、大体佐賀の人ですから、佐賀の教育長ですかね、の支配下にあるですから、佐賀の方の学校に奉職しておられる。そこで自分こちらに来てもう何年にもなりますけれども、やっぱり佐賀の方の小学校を転々としておるわけ。それで御神意を頂いてお願いが、すれば福岡に変わってもらえる。だからというて「なら変わって貰う様にお願いしとこう。」というて先日から、おくり合わせる所が、佐賀から福岡へ変わってくると言う事になると、大変福岡県もへんぴなとこばかり。
もう返って佐賀の方が近い様な所だけしか、その奉職する所がない。でまたお伺いに来ました。「どうなったちゃ良かけんでん、福岡県に変わらせてもらうがええばい。」と言うて「ならそげんお願い致します。」というてお願いしとおりました。したら昨日御礼に出て来てる、家内から聞いたんですけれど、「勝美さんなおかげ頂いて、今度善導寺校に変わったげな。」という。もう一番近い所になったわけなんですね。
だからこの辺のところがね、いうなら神ながらな、生き方というのは、そういう生き方なんです。もうそれでも鳥栖の近所ならそげんたいしたことなかし、まぁ自分もなれたところだからと、けれどもやっぱし福岡県に来たから、福岡の学校に奉職したがよかろう。なら「はい」というて行ったところが、「福岡県はあんた、へんぴな所だけしかないよ。」とこう言われる。「一番近いところでどっか二日市か、どっかあっちの方で。」とかえって遠くなるわけです。
「そんなら、あの前の通りにしとこうか。」と言うたら、神ながらにはならないわけ。神様は、「福岡県になおったがよかろう。」とこう仰るのだから。だからそう言う様な、自分というものを中心にして考えずに、生きる生き方を、私は神ながらな生き方だと思うんです。そしたら願ってもないいうなら一番、もうそれこそ歩いて行っても良かごたる、学校に奉職できたというて、昨日御礼に出てきた。途中の生き方っていうのは、そういう生き方なんです。
昨日は杉さんところの、前々からの願いでありましたけれど、神様の自分の部屋で、小さく祀りして拝んではおったけれども、まぁ今度は神様の報祭申し上げる部屋に、きちっともう見事にその報祭式が、昨日ございました。もう本当に本当に真善美輝かんばかりのお家ですね。しかし本当にあの有難いなぁ。あれで例えば住まわせて頂いておる、人達の心の状態がね本当に神ながらな、今日の御理解で言うならば、生き方がでけたら、もうあれが本当の真善美に、内外ともに輝く信心。
今度神様を報祭されたんですから、どうでも一つ神様が生き生きとしてみえてね、それこそ神様の前においさみがバチバチつく様な、一つ生き生きとした神様を頂かにゃぁいけません。折角奉祭させて頂いたんですから。しっかりあの勿論合楽理念に基づいての、信心生活と同時に大祓い信行をしっかりとなさい。もう合楽でも大祓い信行が徹底してでけておるお家の神様は、もうそれこそもういきり立ってござる様な感じです。
久留米のあの佐田さんとか、井上さんとか、稲垣さんとかというお宅は、もう本当にもう毎日、そのあのおいさみを、もう至る所で頂かれる。ちょっと思いが間違うと、おいさみを頂く。神様がお喜び頂けることを思うと、もうそこにおいさみを頂く。ですからいうなら「信心の油断ができん」と、いうものではなくて、もういつも神様を生き生きと、自分の心の中に頂きぬいて行く事が出来る。そういう信心の喜びを持ってしなければ、合楽理念は、いくらみやすうても、疎かになってくる。
では今日言う神ながらな生き方が生まれてこない。もう本当に昨夜私の上にも、一日もう実に神ながらな、お繰り合わせの中に、神様のおともをして「吉井の町に新たな御ひれいを頂くことだろう。」と思われるような、あのお繰り合わせの中に、お祭りがございました。お祭りの中にも私は、あのお話をさせて頂いたことでしたけれども、うん梅里先生が、あそこの庭をおかげ頂いておられます。そんな関係で見事な絵を描いてやっておられます。それがワラビの絵が描いてある。
そのワラビの絵を「こうやって描いて頂いたから、親先生なんか一筆書いて下さい。」と言うて持って「こりゃぁあたしが書いたらかえって、汚しゃぁせんじゃぁろう。」と。「いやぁなんか一筆でええから。」と言われるから、ワラビの絵ですからワラビの絵に、まあ相応しい「山焼けてまた萌えいずる、わらびかな」という、句をひとつあの、書かせて頂きました。それがもう見事に表装して、お神様お部屋にかけてございます。「山焼けてまた萌えいづる、わらびかな」。
本当にあちらのおじい様がお亡くなりになられ、ご主人であるもとのここの総代であるかんぞうさんが亡くなられ、次々と中心の方々が、亡くなっていかれたその後に、あの見事なご普請がでけた。本当にあの「山焼けてまた輝ける、日の出かな」とあっ御無礼。山焼けてまた萌えいづる、わらびかなということはね、例えば「困ったことがあったことをおかげと頂いて、それをおかげにしていくことだよ。」ということなんです。私共の生き方の上には、様々な問題がある。
その問題のたんべんに、意気消沈しておっては、いけません。おかげ。昨日霊神様も一緒に御祈念させてもらいました。それでお茶のお供えがしてあったのを末永先生が、こう、ひもろぎを立てよってから、御祭典中ですよ、こぼしてしもうとるんなさるですたい。ひっくりかえしちゃぁるとたい。それけん私がすぐにね、「あのこれはね御霊様が、お神酒の方が良かっち、言いござるとばい。」ち言うてそのお茶の、あのお湯のみにね、なみなみとお神酒を注いで、お供えさせて頂いたら、かんぞうさんが大変喜んでおられるごたる気色がするとですよ。
お神酒が好きでしたから。だからもうお茶を御霊様がひっくりかえしてござるとですよ。というような頂き方ですたい。「そりゃあんたがろくそなかけんひっくりかえしたじゃんの。ふん雑巾持ってこんの。どうせんの。」とこう言うとったんじゃぁ、もうそのお祭りが乱れてしまう。ところが「御霊様の方が、お茶よりも、お神酒の方がええっち言いござるとばい。」というところに、お祭りが生き生きとしてくる。御霊様も喜んで下さるような感じがするわけ。そういう頂き方なんです。
すべてが「そりゃぁおかげ。」とその場で言えれるような生き方なんです。そういう生き方を「はぁこぼれたつも、神ながらが。」と頂けるわけなんです。神ながらな生き方とは、そう言う事なんです「お前がそげな今年よるけんで。」ちいうたごたるふうな事では、もういけんちいう。そげなことしよるけんになってしまう。これも昨日私が吉井に出かけようとしておる所へ、末永先生が「御本部から電話がかかりました。」
先日からもお話するように「もう本当に御本部の、人達の腰のないことが、どうしたことじゃろかい。」というごとある。もう何もかにもが、御本部派遣で、もう心配せんでにゃぁ、ちゃんとお膳立ては、してあるけんで。」ち、言うごとふうに言うて頂けたところが、もうなんでんかんでんこっち任せで、「向こうで永住権を取ることのための、もと金光様の御信者さんじゃった人が、その役をしておられるけんで、もう簡単にでけるげなぁ。」と「してもらえることなっとる。」
またビリグイに行く前に、暫く準備のために、あっちはなんちいうところだったかね。うんあっサンパウロ。サンパウロに暫く逗留しなきゃぁならない。それで高橋かのう先生のところ、福岡の一番御長女です。今の親奥さんの姉さんに当たられる方が行っておられます。そして教会とはまぁいうなら、名ばかりの教会らしいです。けれどもそのそこに一時ばかり、逗留せんならん。
御本部からちゃんと言うてあるから、まぁ心配気兼ねなしに、お世話になられると思いよったところ、本部の方からもう本部の方から、手引いたごたること「あんた方が都合ようしてから行ってくれ。」と言った様な事だったんです。高橋先生のところは、その本部から頼んであっただろうけれども、返事がこんげなもん。ところがね昨日私が丁度、吉井に、行こうとしよるところへ、本部から電話がかかってきてから、その電話ではそのあちらへ永住することにあたっておられる。
お役人の方が急に東京にみえる事になって「ここ一両日の内に福岡と鹿児島にお出でなさらなきゃぁならん異なったという通知があった。それでぜひお会いするように。」と言う事である。出来ればんなら合楽まで来て頂いて、そしてまぁ「よろしく」とこうお願いもできる。と言う様な感じです。もう本当に本当にもう、それこそもう手の平を返すようなおかげになってきた。そして丁度高橋かのう先生からも手紙が来てるんです「どうぞいうならば気兼ねなしにお出で下さい。お待ちしております」という手紙げな。
もうなにもかにも一緒に。丁度私が吉井に出かけようとしておるところでございましたから、私もう本当に神様がその時に「もう先の先までああだこうだ、と決まっとらんでんよかって。もうひとことひとこと、いうならば出来ていくことに、御礼を言うていけば良い。」という御理解じゃった。だから「もう切符は買わせて頂いたんだし、あちらの預金もちゃんとさせて頂いたし。」というそのひとこと、ひとことが出来ていっておるから、それで、いいじゃないか。
それを御礼を言うていきゃぁ、次々と道が開けると。そして心構え心がけとしては、それこそ「神馬にまたがって、蹴散らして行くような勢いで行けよ。」という御理解を頂いて、新に心が生き生きとしてきたわけ。そして何日間ではあったけれどもです、そういう手のひらを返すようなねおかげになってきた。本部でもたまがっておられるだろうと思うんです。本当に合楽のためにその役、その役役をなさっておられる方が、帰ってみえたような感じなんです。
そういうね生き方を、私は神ながらな生き方だと思うんです。だからその神ながらな生き方というのは、そげな事ばっかしと言う事じゃぁない。椛目の池尻の場合であっても、かえってほかにこりゃ遠うかとこなるかもしれんけれども、神様は「福岡になおれ」と仰るから「なおる。」という気にならせて頂いたら、数ヵ月後には今度は反対に、一番近い所におかげを頂いた。そこんところが信心生活の妙です。神ながらな生き方をする人の「もうこれだから神様をはずされん。」と言う事になってくるわけです。
末永先生の場合だって、理屈は同じ事ね。ですから神ながらに出て来たんですから、神ながらな生き方をさせて貰う。色々難儀に直面しますけれども、その難儀その難儀をうんなら、神ながらにその難儀を神様が、私に求めなさるならばです、私がそれを受けていかじゃぁこて「今日は食べるもんがないぞ。」と言われたら、断食する気にならにゃぁ。「さぁなら隣から一升借ってきとけ。」ちいうごたある事じゃでけんち。そこには神様が「成程日干しにはなさらんなぁ。神様がこういう、お繰り合わせを下さる。」とそれこそ感涙に噎びながら、日々を過ごすことができる。
そういう働きを受けながらの生き方。神ながらという。だから今日頂くものがあったら、もうそれでええ。御礼をそれに御礼を言うていけば良いという。「先の先までみとうしがついた。」じゃぁなくて、「もうひとこと前のことが出来ておれば、それで良いじゃぁないか。そのことを御礼申し上げていくんだぞ。それが神ながらな生き方だ。」と。そういう神ながらに出てきて、神ながらな生き方をさせてもろうて。神ながらなお国替えのおかげを頂いてこそ、いわば先々のことが、思いやられんで済む。
「こういう神ながらなおかげの中にあるのだから、あの世とても、やはり神ながらな道が開けんはずがない。」というところに、死生の安心もまた、生まれてくるわけのです。私は、ここんところはね、だからあの、神ながらな生き方を、いかにもこれは、信心のない者に対する皮肉のような感じがしますけど、このここの内容というものはね、金光様の信心をさせてもらうならば、「日柄の、方角の」と「人間心いっぱいの生き方をするなよ。」と。神ながらな生き方を神が示す。
その示される、まにまに生きていく生き方を身に付けていけよ。それがいうならば、親に孝行の道でもありゃぁ、人の道でもあるんだぞ。」ということをこの内容に頂いておるんだと。六十六節ということは、もう「徳を受けた上にもまた徳を受ける。」という感じがしますでしょ。六十六ですから。六を六というのは、徳と仰るのですから。六プラスまた六と言うのです。そういう神ながらな生き方の上に、「いやがうえにもお徳を受けていけれる道だ。」ということにもなるわけですよね。
どうぞ。